「三宮の市バス事故を受けて社会全体として考えるべきこと」◇ 日記

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まず、この事故で亡くなったお2人のご冥福をお祈り致します。20歳、23歳の若い命が失われたことを本当に悲しく思います。

 

写真は事故現場の現在の状況です。多くの花や飲み物が供えられており、道行く人が手を合わせています。

 

私も手を合わせながら、子を持つ親として、親御さんの気持ちを考えると涙が溢れてきました。無念でならないと思います。

 

私は親として子供に何ができるのかを考えてみました。

 

目次

  • 事故の状況ついて
  • 再発防止のためにすべきこと
  • まとめ

 

事故の状況について

 

【運転手について】

年齢   64歳

入社   1986年

退職   2015年(60歳)

          退職後 再雇用(週4勤務)

 

事故歴   02年〜18年

人身事故  3件

物損事故  10件   合計13件

 

この経歴を見てみなさんはどう思われるでしょうか。会見で会社側は、本人の過失のない事故も含まれておりますので精査します、とのことでした。

 

「アクセルとブレーキを踏み間違えたかもしれない」

 

直接的な原因はこれだと思いますが、運転手は糖尿病を患っており、その影響があったかもしれないとも報道されています。

 

再発防止に向けて

 

私見ですが、私はこの運転手に公共交通機関の運転に対する適正はなかったと考えています。

 

年齢、持病、過去の事故歴、私が得ている情報はそれだけですが、私が判断するならこの方に対して私は「不適格」と言います。

 

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しかしそこには運営サイドの苦し台所事情も見え隠れします。神戸市のホームページを確認しました。Q &Aコーナーから引用します。

 

Q、市バス路線の運営はどのように行わ れているの?税金をちゃんと払って いるのだから、もっと市バスを便利に してほしい。

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Q、市バスの経営状況はどうなっていますか?

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経営状態としては非常に厳しいです。アンサーの中にもありますが、『運行の効率化』『人件費削減』などに取り組んでいるとのことです。

 

しかしここで考えなくてはならないことがあります。それは、

 

たとえ収益が改善したとしても安心安全が損なわれては意味がないということです。

 

人件費を削減しようとしてリストラをすれば残った人が疲弊するでしょう。残業をするなと指示を出し、業務量が変わらなければサービス残業が増えるだけで社員は疲弊するでしょう。

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現状では市バスの運営は利用者の運賃で行われているとのことですが、私の改善提案は下記2点です(どちらか)

 

①一時的に税金を投入する

    第三者機関が介入して効率化と安全

    性が担保されているか確認

    運転手の給与や勤務状況なども精査

    おかしい部分は徹底して改善

 

②完全民営化

    または民間バス会社が吸収

 

私が第三者機関の介入を勧める理由は、自分自身の経験からです。

 

同じ業界にどっぷり浸かっている人間は次第に考え方が偏ってきます。そして業界の常識が世の中の常識と勘違いしてしまいます。

 

私は中途入社で今の会社に入社しましたが、最初は衝撃の連続でした。その会社の考え方が世の中とは違う、経営陣の発言がいい意味でも悪い意味でも驚く内容でした。

 

しかし、今はどうでしょう。入社時に違和感を感じていたことを部下に話しています。ごく当たり前に。

 

そして外部の人間に言われて初めて気付くのです。そういえば、『世の中の考えはそうじゃないよな』と。

 

だからこそ外部の人間を入れて意見を聞くべきだと思うのです。内部の人間には分からない『非常識』が必ずあるはずです。

 

まとめ

 

素人がいくら話をしても始まりませんが、とにかく私が言いたいことは、

 

三者(社外の人間)が介入して多角的に議論すべき

 

ということです。安心して子供たちを外出させられる社会、それが私の望むことです。

 

神戸市交通局の人にだけ任せていても限界があると思います。現状の問題点を洗い出し、どうすれば改善できるのかを議論する。

 

市民全員が、他人事ではなく自分ごととして考え、議論すべきではないでしょうか。