昨今、引きこもりや家庭内暴力、拡大自殺などが話題になっています。それらについて思うことを少し書いていきたいと思います。
目次
- 今回の事件で思うこと
- 私の考え
- 社会全体として
- まとめ
今回の事件で思うこと
この元事務次官の熊澤容疑者、相当な葛藤があったと思います。色んな想いがあったが、最終的にはこういう結果に至ったのだと。
「他人に迷惑をかけないように」という発言はおそらくこのまま放置すれば川崎の悲劇のようなことが起きるかもしれない、または家族にも死者が出るかもしれない、という想いがあったのだと思います。
そして今まで仕事に忙殺され、息子との関わりが薄かったことを反省しつつ、もう取り返しのつかない状態になってしまったことに絶望していたのだと思います。
子供に対する親の関わりは非常に重要です。仕事で忙しいから、平日は仕事三昧だから土日は自由に過ごす。どう行動してもいいですが、親との関わりが少なければ少ないほど子供は孤独感を感じます。
私の考え
社会人でもそうですが、人生誰もがどこかで「岐路」に立たされます。その時どうするかで人生は大きく変わります。
- 受験
- 就職
- 転職
- 結婚
人は様々な岐路に立ちます。そこで選択を誤ると人生の航路を見失い、遭難してしまうこともあります。
私は部下に言います。
「あなたはうちの会社を辞めて他社で生きていくためのスキルはありますか?」「自分の実力を見誤っていませんか?転職するならもっと力をつけてからでもいいのでは?」
と。私は会社を辞めて幸せになった人、不幸になった人、たくさん見てきました。
彼らは何が違ったのか?結果は「社会の中での自分の価値」を正しく判断できるかどうかです。
自分は仕事が出来ると勘違いしている人はたくさんいます。仕事は本当にできるけどたまたま今の会社には合わないという人もたくさんいます。
私は転職は悪だとは思っていません。むしろ人によっては転職した方が確実に幸せになれるからです。
人には、「岐路に立った時、正しくアドバイスをくれる人」が必要です。もちろん全て自分で決めれる人は自分で決めればいいと思います。
子供の時は親がその役目です。大人になったら親だけでなく配偶者や会社の同僚や上司もその役目を担うでしょう。
社会全体として
改めて今回の事件についてですが、熊澤容疑者は息子が他人に危害を加える可能性があったため殺害に至りました。
殺害していなければもしかしたら拡大自殺に発展した可能性もゼロではありません。
これはあくまで妄想の話ですが、息子を説得しても無理、話の通じる状態でなかったとするならば、彼はどうすればよかったのか?
犯罪を犯していなければ警察は動かないと思います。もし仮に熊澤容疑者が警察に頼んで監視や監禁を希望したとしても人権の問題もあり、不可能でしょう。
熊澤容疑者としては息子をどこかで軟禁するなどの方法も考えたはずです。しかし現実的には難しい。
こういう場合に相談する窓口があってもいいのでは、と考えています。
このような状況の一歩手前の状態の家族はまだあると思います。そんな人はたちに救いの手は必要だと思います。
まとめ
まだまだこの社会には問題が山積しています。個人では解決できないこともたくさんあります。
またどこかで悲惨な事件が起きたなー、と他人事として捉えるのではなく、いつ自分にも火の粉が降りかかるかもしれないという自分ごととして捉えるべきではないでしょうか。